知られざるエマヌエル・バッハ (C. P. E. バッハ) を紹介するこのサイトに関するブログです.
note 記事として投稿した内容をここにも書いておきます.ロンド形式の成立へのエマヌエル・バッハの貢献を中心に書いています.
クラシック音楽,たとえばモーツァルトやベートーヴェンの作品を聴いていると,「ロンド形式」という言葉に出会うことがあります.ロンド形式は主題が何度も戻ってくる形式です.たとえば:
A–B–A–C–A
のように,最初の主題 A が異なる部分をはさんで繰り返し現れます.

この形式は親しみやすく,わかりやすい構造を持っています.聴き手は未知の部分を通過しながら,やがて馴染みのある主題に戻ってきます.それはまるで遠くへ旅をして再び家に帰ってくるような感覚です.
しかし,ここで 2 つの疑問が生まれます.
この形式は,どこから来たのでしょうか.
なぜ主題は「戻ってくる」のでしょうか.
ロンド形式の起源を理解するためには合奏協奏曲に目を向ける必要があります.
バロック時代のヴィヴァルディや J. S. バッハの合奏協奏曲には,「リトルネロ形式」と呼ばれる構造がありました.この形式では,全演奏者がそろって主題を演奏するトゥッティ (tutti) の部分が独奏部分 (solo) をはさんで繰り返し現れます:
Tutti – Solo – Tutti – Solo – Tutti
トゥッティによって主題が提示され,独奏によって自由に展開され,再びトゥッティが戻ってくる.
これはまさに:
A–B–A–C–A
というロンド形式と同じ構造です.
つまり,ロンド形式の原理は,もともと合奏協奏曲の中に存在していたのです.しかし合奏協奏曲では,この回帰は,異なる演奏者の交替として現れます.
ロンド形式が生まれるためには,この対比が,単一の楽器の内部で実現される必要がありました.
この転換を実現したのが J. S. バッハの息子であるエマヌエル・バッハ (C. P. E. Bach) でした.彼は18世紀半ばに活躍した鍵盤奏者であり作曲家です.彼の作品において,合奏協奏曲の構造は鍵盤楽器の内部に移植されました.
鍵盤楽器では左右の手が異なる役割を持つことができます.左手が安定した伴奏を維持する一方で,右手は自由に動きます.あるいは,右手が主題を提示し,左手がそれに対抗します.
このようにして,全合奏と独奏者の対話は単一の楽器の内部で再現されるようになりました.それは,外部の対話から内部の対話への移行でした.
ここで初めて,合奏協奏曲の外的構造が鍵盤独奏曲の内的構造へと変換されました.
回帰は,単なる反復ではない エマヌエル・バッハの鍵盤作品では,主題は繰り返し戻ってきます.しかし,それは機械的な反復ではありません.主題は,旅を経て戻ってきます.ときには短縮され,ときには装飾され,ときには異なる意味を帯びて戻ってきます.主題は同じでありながら同じではありません.
このような回帰は単なる構造ではなく,音楽的な経験そのものです.未知の領域へ進み,不安定さを経験し,そして再び安定へ戻る.
ロンド形式はこの過程を形式として定着させたものです.
エマヌエル・バッハの後,この形式はさらに発展しました.ハイドンやモーツァルトは,この構造をより明確にし,洗練させました.
ロンド形式は,古典派の鍵盤ソナタや交響曲の終楽章において,主要な形式の一つとなります.それは合奏協奏曲の記憶を保ちながら独立した形式となりました.トゥッティと独奏の対話は単一の楽器の内部に取り込まれました.
ロンド形式において主題は繰り返し戻ってきます.それは単なる形式的な必要ではありません.それは,音楽が時間の中で進行しながらも,統一を保とうとする方法です.
音楽は変化し続けます.しかし同時に,自分自身を見失わないように,戻ってきます.
ロンド形式は,この矛盾を解決する形式です.変化と統一,その両方を同時に実現する形式です.
ロンド形式は単なる独奏形式ではありません.それは合奏協奏曲の原理が独奏の内部に取り込まれた結果として生まれました.トゥッティと独奏の対話は,左右の手の対話となりました.外部の構造は内部の構造となりました.
ロンド形式は,合奏協奏曲の記憶です.
そしてその転換を実現したのが,エマヌエル・バッハでした.彼の作品の中で,合奏協奏曲は鍵盤楽器の内部にはいりこみ,ロンド形式として新たに生まれました.
私たちがモーツァルトやベートーヴェンのロンドを聴くとき,そこには合奏協奏曲の歴史が静かに息づいています.主題が戻ってくるたびに,音楽は自らの起源を思い出しています.
ロンド形式は,単なる反復ではありません.それは,音楽が自分自身へ戻ってくる方法なのです.